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◆第11回 稲葉真弓賞(三稜会懸賞論文)選考結果

◇テーマ 『共存』
◇応募総数 587点

津島北高校111点 杏和高校5点 稲沢東高校2点
佐屋高校6点 五条高校2点 愛知黎明高校49点
清林館高校5点 津島東高校43点 美和高校6点
稲沢高校1点 津島高校356点   

◇入賞作 8点
 <最優秀賞> 1点
  津島東高校  3年 横井 美愛  「個性の共存」

 <優秀賞>  2点
  津島高校   1年 山田 芽生  「時代の要請」
  津島高校   1年 矢尾 ともか 「イメージのバリア」

 <佳作>   5点
  美和高校   1年 篠原 光太郎 「自然と共存するために」
  五条高校   1年 大橋 美桜  「理想の社会」
  愛知黎明高校 1年 位田 光璃  「みんな普通」
  佐屋高校   1年 細野 新太  「共存と平等」
  稲沢高校   3年 田牧 朋花  「地域社会の中で伝統文化の保存・
                   継承と現代文化の発展を」
※学年は応募時点となっております。
多数のご応募ありがとうございました。



◆入賞作品

最優秀賞「個性の共存」 津島東高等学校3年 横井 美愛

 私は、多様性を認めることが人と人との『共存』において大切なことだと思う。しかし、今の社会は多様性を認める社会とは言えないと思う。それでは、多様性を認める社会を実現させるには何が必要か。それは、多数派と少数派の二通りではなく、「一人一人違う」という意識を持つことだと思う。
 現代社会において、多数派が「普通」となっており、「普通」でないことを批判するようになっている。例えば、LGBTの問題である。LGBTとは、レズビアン(恋愛対象が女性である女性の方のこと)、ゲイ(恋愛対象が男性である男性の方のこと)、バイ(両性愛者の方のこと)、トランスジェンダー(体の性と心の性が一致していない方のこと)の頭文字をとったものである。
 それらセクシャルマイノリティの方を、数年前までは「異常」とし、批判してきた。しかし、最近では「恋愛」の形は人それぞれであるという人が増え、受け入れることを「普通」とするようになってきている。すると今度は、セクシャルマイノリティの方に対して理解の無い人を「悪」と捉えて排除するようになった。では、本当に理解できないことは「悪」なのだろうか。理解できないことを否定し、攻撃することは「善意の暴力」だと思う。
 もちろん、理解できないからといって、セクシャルマイノリティの方を傷つけるのは良くないだろう。しかし、理解できないことが「悪」にはならないはずだ。多様性を認める社会において、セクシャルマイノリティの方との『共存』は、理解することではない。セクシャルマイノリティの方も、そうでない方達と同じ権利を持っているようにすることだと思う。「一人一人違う」という意識を多くの人が持っていれば、それぞれの考えが尊重される社会になると思う。それは多様性を認め合う社会に近づき、多くの差別問題を解決する鍵になると思う。
 そのためには、多数派でいることや、「普通」でいることを求めないようにすることが大切だと思う。これは、自分に対しても他人に対してもである。他人に「普通」を求める際に「普通に考えて」という言葉を聞く。この言葉を言われた人は、「自分の普通」は周りとは違うと思い、周りに合わせようとするだろう。
 では、「普通に考えて」の「普通」とは何か。それは言った本人の成長過程において得た価値観と同じようなものだと思う。それが本当に「周りの普通」なのだろうか。また、人はそれぞれ異なる価値観を持っている。それと同じようにそれぞれ異なる「普通」を持っているだろう。そのため、全員が完全に一致する「普通」は無いと思う。つまり、周りに合わせようと努力しても、結局自分の中の「周りの普通」でしかないのだ。
 では、なぜ「普通」を求めるのか。それは、多数派であること、「普通」でいることは、批判されることが少ないので、それが「正解」だと思い込んでいるからであると考える。しかし、多数派の中でも、人はそれぞれに異なる捉え方、考え方があると思う。そこに「正解」はあるのだろうか。「一人一人違う」という意識を持つことで、「多数派が正解だ」という固定概念を壊すことができると思う。
 また、それぞれに異なる「普通」を持っているため、それぞれの「普通」の差が個性になると考える。そのため、「普通」が嫌だと思っている人も、自分にとっての「普通」を貫き通せば、個性を作り上げることができると思う。そうすることで「自分らしさ」を見つけることができると思う。
「自分らしさ」を見つけることができれば、自分にとっての幸せを見つけることにつながると思う。例えば、「勝ち組=幸せ」「負け組=不幸」という考えがある。「勝ち組」になることで幸せになれるというイメージが多くある。しかし、「負け組」だからといって、不幸になるわけではないと思う。「負け組」になることを不幸と感じるのは、「負け組=不幸」というイメージによるものだろう。私は、「自分らしさ」を持っていれば、周りの評価を気にせず生活できると思う。また、それは、「勝ち組=幸せ」「負け組=不幸」といった、周りから見た幸せではなく、自分にとっての幸せを見つけることへとつながると思う。
 私たちは多くの人と『共存』しているがために、「自分らしさ」を見失いかけている。それは、社会だけではなく多くの人が、自ら「普通」になることを望んでいるからだろう。また、「普通」が嫌だと思う人は、特別なことをしようとするからでもあると思う。しかし、人は本来それぞれに異なる個性を持っているのだ。周りの「普通」に合わせたり、「特別」と思ってもらえるようにするのではなく、「自分にとっての普通」を貫き通すことが大切であろう。
 「自分にとっての普通」を貫き通せる社会にすることは、多様性を認め合う社会へとつながると思う。それにより、多くの人が「自分らしさ」を見つけることができるようになるだろう。それは、世界がどのように変化していっても、より多くの人が、それぞれの幸せを見つけられる社会への大きな一歩となるだろう。



優秀賞 「時代の要請」 津島高等学校1年 山田 芽生

 ときに、時代に合わず古いと言われる伝統その伝統を価値ある財産として残すことはできないのだろうか。
 人間は、自分の内側に根付いた思想と、外側からの新しい思想を持つ。私たちに根付いた思想とは、生まれてからこれまでの経験により培われた考え方、つまり、その人が育んできた文化を表している。しかし、現状ではその揺るぎない文化は、時代が流れるにつれて新しく創出される考え方との共存を困難にしている。なぜなら、文化が固定観念となり多様な思想を受け入れられない精神を作り出しているからだ。それがその人の思考範囲を狭め、人の成長や社会の発展を止めてしまう。私はこの二つの思想があるべき姿で共存することが「互いの違いを認め合う社会」を実現する方法だと考えている。ここでは自分の内側に根付いた思想を「文化」と定義し、文化と、常に変化する自分にとっての新しい思想との共存について考える。
 二〇一八年、相撲の舞台で挨拶中に倒れた市長の下に救護のために駆け付けた女性が、土俵から降りるように要求されたというニュースがあった。女性を土俵に上げない、女人禁制は古くからある伝統の一つである。だから、日本古来の武道である相撲の伝統を尊重してほしいと考える人もいたのだろう。人の命を救うための行動であったにもかかわらず伝統が優先された。命を軽視しているわけではないだろうが、命より古い価値観を守るべきだったのだろうか。元来、伝統は美しいものだ。それは先人の経験の積み重ねに歴史的価値があるとされたからだろう。特定の地域で、人々の心を満たし、生活を豊かにしてきたことが、財産として誇れる理由だった。その時代に必要だったから大切にされた。そうであるならば、今の時代にも価値があるとは限らない。財産として役割を果たさない時、これは古いと言われる伝統なのだ。伝統は時代が移り変わっても受け継がれるものである古いまま、もしくは財産として文化になるかは、本来の意味を受け継ぐかどうかで決まってしまう。相撲の世界にとっての新しい思想を受容しなければ、時代に即した発展はない文化を壊し、固く残された伝統を変化させるのは容易ではないが、共存のためには必要だでは、新しい思想との共存が目指す世界はどのようなものか。
 私には、ある芸能人が描いた一枚の絵の奇抜な着想に惹かれた経験がある。作者の一途な心の内が表現されたような自由な絵だった私はSNSがあることでその絵に出会えた。そして、SNSは感じたことを世界中の人と共有する手段でもある。それによって、その絵に対する自分の解釈と他人の解釈との違いを知り、更に自分の感受性を高めることができる。ただ、中には、その絵を批判的に捉えた書き込みをした人もいた。自分以外の芸術の「新しい見方」を受け入れられなかったのだ。絵を否定することで自分の文化の内に収まる範囲の思想を他人にも要求するのは間違っている。人がそれぞれで育んできた共通の文化が仲間意識を生むためのものなら、多様性を受け入れられないのは自然なことなのかもしれない。しかし、新しい見方」を認め、思考の範囲を広げることで発展してきたからこそ、今の社会がある。多様さが人を成長させ、その人自身の魅力にもなる。自分の空間に侵入する多様な思想が排除の対象になれば選択肢に一枚の絵を否定することしか残されない。本来尊重されていた文化の良さを殺している。
 価値観の否定は、それが「文化」であることを気づかせる。それと同時に、今までに出会うことがなかった思想が存在することを示す。この広い世界は様々な価値観に溢れている。その中には時代の流れに抗う慣習が残るそこで多様性の尊重を求める考え方は合わない。命より相撲の伝統を、多様な見方よりも自分の解釈を重視する。「文化」は多様性の障害にもなりえるのだ。だからこそ、私はこの共存の先に、多様性を認める社会の実現があると考える。
 ある日の学校の帰り道で、一人の外国人を見かけた。道の端に停まったトラックの影にマットを敷き、礼拝をしていた。仕事を抜けている様子だったことから、礼拝を仕事仲間に受け入れられているのだろう。もし一昔前だったら、仕事中の礼拝は許されただろうか。時代は「革新」を求めている。日本で働く多くの外国人と日本人はそれぞれ異なる「文化をもつ。この職場では新しい思想と共存することで「互いの違いを認め合う社会」が実現していると言える。
 ある人にとっての新しい思想は、別の人にとっての変えられない思想である。有名な詩人、金子みすゞの詩「わたしと小鳥とすずとに「みんな違ってみんないい」という一節がある。私以外にも多くの人がこの詩に共感しただろう。人それぞれ、信仰、美意識、正義をどこに向けるかが異なるのは当然である。私たちが目指すべき姿は礼拝を認めるようなことであり、それを肯定したり否定したりすることではない。
 相撲の伝統を尊重したあの人。奇抜な絵を認められなかったあの人。仕事仲間に宗教を受け入れられたあの人。様々な思想が混在しているのが今の社会である。そこでの二つの思想の正しい共存は、両者が均衡を保つことで成り立つ。そのためには「革新」を恐れてはいけない。「文化」には本来あるべき姿が失われたまま、伝統として残るものがある。障害と化した古く間違った考えに固執しないで、今の時代でも価値がある形に変えていくべきだ。そうして変えていくことができた伝統は誇れる財産となり、次世代に継承される。つまり、共に並行して進み続けることが重要なのだ。進むとは古さを時代に合わせること更に、目まぐるしく変化する社会の中で常に「自分とは違う文化」を認識することである。そのとき、一枚の絵や相撲の伝統のように、何も考えずに正しいと信じてきたものが否定される衝撃を受けるだろう。しかし、その衝撃は共存するべきものの存在に気づかせ、社会を発展に導く。多様な価値観を自分のものにするという姿勢があれば共存に繋がる。その先には「互いの違いを認め合う社会」が待っている。
 「四万人の先輩たちが築いてきた伝統は有形・無形の財産である。」津島高校創立一二〇周年記念式典で校長先生はそう仰った。共存は伝統を障害にするのではなく、財産として誇り続けるためにある。



優秀賞 「イメージのバリア」 津島高等学校1年 矢尾 ともか

 すべての人が思いやりの心で、お互いを認め合おうと行動すること。これが、私の考える「共存する」ということだ。 近年、障がい者や高齢者が生活しやすい社会、つまりバリアフリーな社会への意識が高まっている。ホームと電車の隙間や段差などの物理的なバリア、盲導犬を連れての入店を断られる制度的なバリア、点字ブロック上の駐輪などの意識的なバリアが除去されつつある。この三つのバリアが少なくなれば、誰もが安心して暮らせる社会は実現するかもしれない。しかし、それだけで、その社会は、「共存している社会」と言えるだろうか。
 私は、共存する上で最も大切なことは、人との関わりだと考える。何か困っているからと手助けするのはもちろん、会話をお互いに楽しむことが特に重要だ。つまり、「心のバリアフリー」を心がけるべきだ。その「心のバリアフリー」の妨げとなっているバリアを、「イメージのバリア」と表現していくことにする。
 私の祖父は若くして脳出血で倒れ、後遺症で右半身麻痺になった。その後は、手すりや車いすを使用して生活している。また、言語障がいが残り、思いを伝えるのに時間がかかったり、はっきりと言葉を発音できなかったりする。そのため、電話やレジで会話をするとき上手くいかない。そして、外出をしなくなっていった。「人の目が気になる。だから外へは行きたくない。」と祖父は言う。私は、会話が成り立たないことが外出を拒む一番の理由だと思っていたが、それは違っていた。周囲の視線や表情、声のトーンが祖父から話す自信を失わせ、人との関わりを消極的にさせたのだった。直接言わなくても、ささいな動作が人の心に大きな影響を与える。
 障がい者と関わってない人は「イメージのバリア」をはる。冷たい視線で見つめたり、わざと離れたりする。そして、挨拶や会話を避ける。話が通じないから、気持ちが悪いからと、話す前から敬遠する。そのため祖父は、杖を使っての散歩も人目のつきにくい早朝に行く。祖父の心に、冷たいバリアができてしまったのだ。これでは社会と共存しているとは言えない。そんな祖父も、リハビリの先生やパソコン教室の仲間とは会話を楽しむことができる。きっと勝手な偏見ではなく、祖父を一人の人間としてみてくれるからであろう。私が生まれた時、すでに祖父には障がいがあったため、私も当たり前のように祖父の思いをくみ取る。ここに「イメージのバリア」はない。しかし、障がい者と触れ合うことの少ない人にとっては難しいことだ。どのように関わって良いのかわからず、見て見ぬふりをしてしまうのだろう。自分から声掛けをするのはとても勇気がいる。障がいのある人が困っているとき、障がい者との関わりが深い人は積極的に「大丈夫ですか。」とやさしく声をかける。まずは、その一歩を踏み出してみるのはどうだろう。一人でなくとも何人かで声をかけてみる。そうすることで、手助けをすることができるようになるのではないのだろうか。当たり前に行動できる人が増えるほど、「イメージのバリア」を減らすことができる。冷たい視線をあたたかいまなざしに、そして行動に変えることができれば、きっとみんなが生きやすくなる。誰かの一歩には、社会全体の「イメージのバリア」をなくすこと不可欠なのだ。祖父のように、人生の途中で障がいを持った人は特に自分自身のバリアが強いので、周りからバリアを取り除く姿勢が大切だ。「イメージのバリア」は、言葉通り個人の先入観や偏見、相手の心を想像する努力を怠ることで生じる。これが、私たちの共存を遠ざける。
 高齢者も同様だ。今は亡き曽祖母は、認知症を患っていた。認知症は年月や時間、場所や物の名前だけでなく、自分がなぜここにいるのか、目の前の人が誰なのか分からなくなる。曽祖母の場合、「ご飯は炊けとるか。」とよく声を上げていた。そんなときは「大丈夫だよ。」と安心させる。「ここにいるからね。」体をさすり寄り添う。長い間家計をやりくりし、家族の健康を考えて食事を作ってきた曽祖母にとって、最も気になることなのだ。家事をすることはなくなっても、昔の習慣は感覚として忘れられないのだろう。
 その感覚は生きている中で大切なのだ。認知症の人の同じ言葉の繰り返しに「わかったから黙って寝ていて。」「うるさいなあ。」などと、コミュニケーションをとることをやめる人もいるだろう。忙しい中で、そのうち黙る、どうせ分からないだろうと、「イメージのバリア」をはり、見放してしまうのだ。しかし、否定的な態度ではなく受け止め、声を荒げずにやさしい表情で対応する家族に、次第に落ち着き穏やかな口調で話し始める曽祖母の姿を、私は目にしてきた。話を聞いて不安を解消してあげることが、曽祖母の健やかな日々となっていたことに気づいた。私は、忙しく働いて家族を支えてきた当時の曽祖母を知らない。それでも話に耳を傾け、思いを推測する努力はできる。私は今まで、高齢者との会話は私から話題作りをしなければならないと思っていた。一方的な声掛けが正しいと思い込んでいたのだ。私がそうだったように、知らないうちに自分から「イメージのバリア」をはってしまっている人も多いのではないか。このことに気づくことで相手の気持ちを想像できるようになる。より良い会話は、私たち次第なのだ。
 認知症があるからと決めつけず、その人の生きてきた道を認め、個性を尊重することが大切なのだ。認知症も、誰にも起こりうる。「イメージのバリア」を取り除くためには、深い理解と正しい知識が必要となる。曽祖母の楽しみの一つは、車いすに乗せてもらってアイスを食べに出かけることだった。店員さんの「こんにちは。」「はいどうぞ」の笑顔に「ありがとう。」と元気をもらっていたそうだ。車いすを迷惑がる人もいると思うが、ちょっとした配慮が、社会に出る勇気となる。
 障がい者や高齢者は、一人の力で充実した生活を送ることは難しい。だが、家族をはじめとした人々のサポートで、豊かな暮らしを送ることができる。そして、言葉を不自由なく使える私も、友人との会話や地域の人との挨拶といったコミュニケーションで楽しい毎日を送っている。もちろん、障がい者や高齢者と話すときも、私は自然と笑顔になる。周りのすべての人たちとの交流で、共存している実感を得る。
 共存する社会の実現には、偏見を持つことなく思いやりの言葉で「イメージのバリア」を減らすことが必要だ。すべての人が共存するために、すべての人で支えあっていく考え方が大切だ。すぐには「イメージのバリア」はなくならないかもしれない。しかし、人との関わりの中で、心の変化はおきる。お互いに相手を受け入れ認め合い、そして今より少しだけ、進んだ行動で人との関わりを深める。このことが、私の考える、笑顔あふれる「共存」だと信じている。



佳作 「自然と共存するために」 美和高等学校1年 篠原 光太郎

 私は、「共存」というテーマの中で、一番に頭によぎったことは、「自然と人間の共存関係」についてである。ここでいう「自然」とは、「山や川、草、木などの、地球上に古くから存在しているもの」のことを指している。自然は、私たち人間が生命活動をしていくにあたって必要不可欠な存在である。それを相手に、私たちはどのようにして共存関係を築くことができるかについて興味を持ったのが、このテーマに決めた理由である。
 まず、「自然と人間の共存関係」を築く上で、人間は何をすべきなのか。ある人の意見では「人間は、森林伐採や水質汚染等を続けているから、地球温暖化などの環境問題が発生し、やがて、人間も大変な被害を受けることになる。だから、いまにでもそのような環境破壊活動をストップさせ、ごみの分別などのエコ活動を行うことによって、人間にも自然にも害がなくなり、共存関係を築くことができる。」というものが出てきた。
 この意見で重要視されている点は、「人間は自然に対して、あまり迷惑をかけないようにするべき。」という点だ。迷惑をかけないようにするには、自然に、森林伐採などの人間の手を加える行為止めさせるべきだということである。
 一方で、このような意見もある。「人間の度を超えた環境破壊活動はもちろん中止するべきだ。けれども、人間の合理的な管理下による森林の伐採は行うべきであり、そして、植林を続けていく保全活動を行うことで、森の生命や資源を持続可能な状態にすることこそが、自然との共存関係を築く上で最も大切なことではないか。」というものだ。私は、この後者の意見に賛成である。現状、人間の手を自然にもっと加えるべきだと思うし、また、自然が人間の手を加えられなくなると、どのように変わってしまうのかを自分なりに推し量ったからである。
 日本を例にして考えてみると、まず、日本の国土の約67%(二〇一七年時点)が森林であり、そのうちの約40%(二〇一七年時点)が人工林となっている。しかし、これらの人工林に人間の手が加えられなくなると、木々の根が発達せずに痩せ細り、地盤が頑丈にならないため、土砂崩れなどの自然災害が発生しやすくなる。きちんと人間の手を加えなければ、私たちに牙をむく存在にもなりうるのだ。
 実際に、日本の人工林の約80%(二〇〇六年時点)が未整備状態にある。日本が、これだけ土砂災害の例が多い国であることの理由が明確であるにも関わらず、自然に人間の手を加えないという選択は、はっきり言って無謀じみた判断となる。
 では、私たち人間は、自然に対してどのように手を加えるべきなのか。ある人は、「管理のAI化」という意見を主張した。「人間の力だけでは、あらゆる自然環境の管理をするのには限界がある。高度なテクノロジーと膨大な量のデータを兼ね備えたAIを活用することで、現存する多くの課題を解決し、未来にも続く『自然と人間の共存関係』の樹立に大きく関係するからだ。
 過去の例を挙げても、不正森林伐採の防止や、気候変動の予測の成功などと、AIの活用による事業の成功例は数多くある。したがって、私たちはAI化を進展していくことが、自然に対しての良い人間の手の加え方だ。」というものである。この意見は、人間がこれまでの課題を解決してきた「技術工学的な成功」に基づいているように思える。人間の技術力を駆使して、先ほど述べたような「人工林」の管理を進めていくことはもちろん大事だし、また、AI化による変革も、私たちがより良い未来を創るための重要な事柄だ。
 しかし、この行動が誤った方向へ行くと、「自然と人間の共存関係」の樹立が、余計困難な事態になってしまう。誤った方向とは、すなわち「人間中心主義的なAIの活用」である。先ほどの意見のとおり、AIは人間や自然の社会に多大な権益をもたらす一方で、その社会への影響力も非常に大きい。仮に、人間が誤った情報をプログラムしたり、もしくは人間への利益のみで構成されたプログラムを学習させてしまえば、長い年月をかけて築きあげてきた「自然」が、一瞬にして崩壊しかねない。
 このようになってしまっては、共存関係の樹立など元も子もなくなってしまう。だから、自然に人間の手を加えるには、人間の都合による悪影響を及ぼさずに、うまく付き合っていく「調和」の姿勢でいることが大事なのだ。
 例えば、「郊外に大規模な住宅地を開発するために、山々の自然を切り崩す計画を企てた。しかし、山々には、多くの動物や昆虫、豊かに生い茂った原生林や、そこから多くの栄養分を吸収した土などの自然が存在している。このまま開発してしまえば、多くの生き物の居場所がなくなり、数少ない原生林の生命も途絶えてしまう。このまま山を切り崩していくべきなのだろうか。」という事態が起こったとする。
 最初の、「『自然と人間の共存関係』を築く上で、人間は何をすべきなのか。」の意見で説明したとおり、私たちは、合理的な自然の保全活動を行い、森の生命や資源を持続可能な状態にしなくてはならない。そのためには、先ほどの「調和」の姿勢を続けていくことが重要だ。
 例えば、原生林などの自然林が生い茂る場所を「自然保護区間」と設定する。そして、山々の動植物を対象とする継続的なモニタリング調査を行う。もし、個体数や健康状態に変化が生じた際には、直ちに人間が保全活動を行うことで、安定した自然のバランスを維持することができる。
 「調和」の姿勢をとるには、最低限このくらいの行動を実行すべきだ。
 また、整備が行き届いていない人工林を伐採して新たな住宅地の木材に使用したり、植林の管理の継続も怠ってはならない。これらの行動を一つでも見逃したら、今までのようなただの環境破壊活動にすぎないからだ。
 このような「調和」を軸にした環境保全活動を進めていくには、私たち高校生などの若い世代の意識が重要になってくる。自然を管理している人々の高齢化や、日本の林業の担手が減少し、林業そのものの衰退化が進行しているからだ。
 これからの「自然と人間の共存関係」を樹立するために、私たち高校生は、「人間が自然の管理を十分に行うことができる環境」にする役目がある。そのためにも、自然について学び、保全活動に参加するなどして、共存関係の樹立に近づけられるように努めていくことが大切だ。



佳作 「理想の社会」 五条高等学校1年 大橋 美桜

 「共に生きる」一言で簡単に言い表せても実際は難しくて複雑である。共に生きていくには互いに理解しなければ歩み寄れない。その理解ができず差別や偏見が生まれるのだ。私は障がいという言葉を差別用語で耳にしたことがある。
 障がい者福祉の制度が発達してきた現代でも、どこかで差別が根付いているのが現状だ。
 私の姉は日本に六人しか確認されてない染色体異常二十二番リングで、知的障害を持っている。姉は今年で二十一歳になるが、母や姉と同年代の障がいを持つ子供の親は、子供の将来に不安を抱えているようだ。
 親が亡くなった後も、介助が必要であるため、グループホームや介護施設に入ることが多い。しかし、このような施設には二十四時間様子を見てくれる人が必要である。その上、人手に限界があるため、障がいの重い人の利用が難しいという。しかし、このような施設は必要不可欠であるため、障がいが重い人でも利用しやすいように改善しなければならない点もあると思われる。このように改善することを考えたとき、大切になってくるのは地域の理解だ。何かを変えるには個人の力だけでは難しいので、県や市に必要性を理解してもらえない限り、改善ができないからだ。
 同様に理解がなければ改善ができないことが多くある。例えば視覚障がい者が駅のホームから転落する事故だ。誰でも一度は聞いたことがあるだろう。ニュースでも取り上げられることが多く、危険性も理解されているはずであり、転落を防ぐためのホームドアの設置も進んでいる。なのになぜ事故が減らないのか。それは理解が表面的であり、理解したつもりになっているからだと思う。実際、ホームドアは全ての駅についているわけではない。ついていない駅の方が多ければ事故は減らないだろう。また、駅を利用する人の理解も同様だ。ホームで歩きスマホをしている人や点字ブロックの上に立っていたり荷物を置いている人も多いという。ある一般社団法人が行った聞き取りによると、六割を超える人が「障がい者とかかわる機会がない。」と回答していたことが分かった。実際に関わったことがないから、理解が不十分なのかもしれない。このようなことが障がいを持つ子供達の成長を妨げることにもつながりかねない。
 子供は公園などで遊ぶことを通じて人とのコミュニケーションや遊ぶときのルールを自然に覚えていく。しかし、地域の理解のない目がこれを妨げる。先程と同じ一般社団法人が行った、障がいのある子供の親への聞き取り調査によると、公園に行けないと回答した人が多くいたそうだ。地域の目が痛い、子供が嫌な目で見られるのでかわいそう、暴走して迷惑をかけてしまう、などといった理由で、公園に「行かない」のではなく「行けない」のだ。もちろん理解して暖かい目で見守る人も少なからず存在する。しかし、迷惑をかけた相手の親に少し嫌な顔をされただけでも傷ついてしまう、障がいのある側が遠慮するのは仕方ないと感じて公園に行けなくなるのは当然のことかもしれない。
 そこで、現在東京の遊具メーカーでは、障がいのある子もない子も一緒に遊べる遊具をつくることによって問題解決につなげられないか開発が進められている。このような障がいのあるなしにかかわらず一緒に遊べる遊具を「インクルーシブ遊具」という。幅を広くしたり、柔らかい素材を使うなどの工夫がされている遊具だ。車椅子の子でもスロープで途中まで上がると音が出る遊具で遊べるなどの工夫がされた滑り台や壁登りが楽しめる、複合遊具などが開発中だ。安全性と、どんな子でも楽しく遊べる面白さの両立が難しいとされているが、現在、試作の実証実験が行われているそうだ。設計の段階では、車椅子用のスロープと階段を分けたことで、コミュニケーションが減ることが懸念されていたが、実際に行われた実証実験では、健常児も車椅子用のスロープを登ることによって、コミュニケーションが生まれた。知らない子でも遊んでいる間関わり合っていると、自然と車椅子の子の手助けをしてあげるようになるのかもしれない。障がい者と関わる機会がないことが相手のことが分からないという不安につながり、それによって分断が生まれる。しかし、子供の頃にこのような公園で障がいを持つ子とも自然とコミュニケーションをとっていれば、このような分断は大人になってからも生まれないのではないかと思う。実際私も、幼少期から姉と一緒にたくさんの障がいを持つ子と遊んだ。不思議なことに、自然と「この子は足が悪いからゆっくり歩こう。」と考えたり、「この子とはこうやって遊べば楽しい。」と考えるようになっていた。ちょうど今、私たちが自然と相手の性格や好みに配慮しているのと同じように。現在インクルーシブ遊具は、東京の二か所で導入が始まっている。この遊具の設置によって、関わりがないことが原因で理解が不十分な人が少しでも減ることが理想だ。遊んでいる子供だけでなく、親どうしのコミュニケーションから地域の冷たい目が減り、公園に「行けない」子供が減ってほしい。
 障がいを持つ人も持たない人も共に幸せに暮らせるのが理想の社会だ。互いに理解し、認め合わなくては共存することは難しいと思う。相手のことを何も知らずに差別するのではなく、知ろうとする気持ちが、世界中の差別や偏見を減らす鍵になるのではないだろうか。



佳作 「心は自由だから」 愛知黎明高等学校1年 位田 光璃

 「あなたの脚は麻痺状態にあります。」もしそう告げられたら、あなたはどうしますか。私だったらきっと、言葉が出ないと思います。間違いなく自分の脚なのに動かせない。とても怖いと思います。私が、小学校からの大親友である美穂ちゃんは、とてもバスケットボールが上手な子でした。しかし、美穂ちゃんは事故に遭い、両脚が麻痺状態になってしまいました。私は、罪悪感で一杯でした。なぜなら、その日は美穂ちゃんのお誕生日でした。私はお誕生日会を開こうと考え、美穂ちゃんを私の家へ呼びました。その帰り道で事故に遭ってしまったからです。あの時、呼んでいなければ。後悔ばかりの日々が続きました。何度も、謝りに行こうと病院に行きました。しかし、病室に入る勇気がありませんでした。しかしある日、学校から帰ると美穂ちゃんのお母さんが、私の家で待っていました。私は、お母さんに全てを話しました。私のせいで美穂ちゃんが事故に遭ってしまったこと。病室に入る勇気が出なかったこと。それを聞いたお母さんは「あなたのせいじゃない。美穂は、お誕生日会すごく喜んでた。とても大切なお友達が、呼んでくれたんだって。美穂はあなたのこと恨んでなんかいない。」そう優しく言ってくれました。しかし、私の心の中のモヤモヤは消えませんでした。美穂ちゃんを不幸にさせた私は、幸せになる権利など無い。この考えが、ずっと消えなかったからです。そして翌日、病院に行きました。勇気を出して、病室に入りました。美穂ちゃんは笑顔で手を振ってくれました。私は思わず、泣き出してしまいました。一番辛いのは、美穂ちゃんなのに。それでも涙が止まりませんでした。そんな私を温かい何かが触れました。それは、美穂ちゃんの両手でした。美穂ちゃんは車椅子を使い、私のそばに来てくれたのです。私はやっと「ごめんね」が言えました。その声は震えていました。美穂ちゃんは笑顔で、「お誕生日会、すごく楽しかった。また来年もよろしくね。」そう言いました。私はここで素直にうん、と答えて良かったのか。それとももう、美穂ちゃんとは会わないようにするのが良かったのか、分かりませんでした。ただ、泣いていることしか出来ませんでした。そして翌日、また病院に行きました。美穂ちゃんは、大好きなバスケットボールの話をしてくれました。しかし、そのバスケットボールはもう出来ないこと。出来なくさせたのは、私であること。その二つが頭をよぎり、涙を堪えるのに必死でした。私は、美穂ちゃんを救える方法はないか、徹底的に調べました。そこに、車椅子バスケがあることを知りました。早速美穂ちゃんに教えて、一緒に見学に行きました。周りは脚を切断されている方、麻痺をお持ちの方で、一杯でした。しかし、一人一人が笑顔でした。そして私は、皆さんの俊敏に動く姿に圧倒されました。また、久しぶりにボールを触った美穂ちゃんは、とても嬉しそうでした。誰よりも輝いていました。私が、車椅子バスケの見学に行って一番感じたことは、強さです。障がいがあるから、諦める。障がいがあるから、何もしない。ではなく、残存機能をどう活用していくか、自分にできることは何かを考え、行動していました。見学に行った帰り道、一人の車椅子の男性に出会いました。その男性は、足を切断されていました。すると、通り過がった方が「あの人、普通じゃないんだね。かわいそうに。」そう言いました。その声は小さかったので、本人に聞こえたのかは分かりません。しかし、美穂ちゃんには聞こえていました。美穂ちゃんは「普通って何だろうね。」そうぼそりと言いました。私は、この世の中に、普通なんて存在しないと思います。人間は、みんな違う。障がいの有無などで、その方の価値観をはかるのは、違うと思います。障がいは、その方の個性です。障がいをお持ちの方はきっと、私たちより強いです。様々な苦難を乗り越え、今を精一杯生きています。それは本当に、凄いことです。その翌日、美穂ちゃんが「人生に壁ってあるでしょ。その人が乗り越えることが出来るから、神様が与えるんだって。だから、頑張って乗り越えなきゃね。」そう言いました。私は、その考えに尊敬しました。私は今まで楽な道を選び、頑張った気になっていたからです。私は、美穂ちゃんに教えてもらったことが、沢山あります。例えば、障がいと共存していく素晴らしさ。それは、決して簡単なことではありません。しかし、今の自分に出来ることを考えて前を向く姿勢は、本当に凄いと思います。車椅子バスケという新しい趣味を見つけ、仲間と笑い合っている姿は、とても輝いています。そして何より、誰の前でも涙を見せなかったこと。ある時、美穂ちゃんは「私が泣いたら、みんな悲しくなるでしょ。私は、みんなに迷惑かけてしまった分、周りを笑顔にしたいんだよね。」そう告げる美穂ちゃんの笑顔は、光っていました。周りの幸せを第一に考え、逃げたいくらい辛いことがあっても、真正面から突き進んで行く。そして誰よりも優しくて、強くて、輝いている。そんな美穂ちゃんは、私の大切な親友です。これからも、ずっと。



佳作 「共存と平等」 佐屋高等学校1年 細野 新太

 「共存」という言葉を聞いて、思い出すことがあります。
 中学校の社会の授業で、グル―プディスカッションをする機会がありました。その時の議題は「中東、アフリカ大陸で多発する民族対立や宗教対立」でした。グル―プで話し合ったあとで結論を発表するのですが、今振り返ってみると、「共存」という言葉とセットで「平等」という言葉もよく耳にしていたことを思い出します。これは本当に一緒に議論してもよいものなのか、それを改めて考えてみました。
 最初に、共存の事例を考えてみます。まず自分が真っ先に思い浮かべたのが、「夫婦」です。少し突飛ではありますが。違う環境で育ち、違う価値観を育ててきた二人が、同じ家に住んで共同で生活する。これもある意味では小規模な「共存」ではないでしょうか。
 そう考えると、この「共存」に「平等」はどうかかわってくるのでしょうか。例えば日本の結婚では、同姓の義務、扶助の義務、協力の義務が男女に平等に発生します。また結婚から少し離れますが、仕事も男女「平等」に、「差別なく」機会が与えられています。
 そんな日本とは対照的に、イスラーム圏の国々では、男女の役割ははっきり分かれます。義務は両性に平等ではなく、男性には妻子の扶助の義務、女性には家事と育児の義務……といった具合で、男女で負う義務が違います。この二つの在り方は、そのまま「平等な夫婦」「不平等な夫婦」の在り方と言えるでしょう。
 一見すると「結婚は平等な方がいい」ように思いますが、平等なはずの日本は離婚の多さが問題になるのに、不平等なはずのイスラーム圏ではあまり問題になりません。なぜなら、イスラーム圏でいう仕事とは基本的に過酷な肉体労働であり、身体的に頑丈な男性がそれを一手に引き受け、賃金を得ることで家計を成り立たせているから、なんだそうです。ここでは、生物としてのヒトが避けられない、生まれ持った「不平等」を受け入れた仕組みが作られることで、男女がお互いに納得して「共存」を果たしていると言えます。
 さらに視点を変えて、国同士の共存についても考えてみたいと思います。現在世界には二百近い国が存在し、そのそれぞれで人種も民族も思想や文化も違います。ではこの「共存」で、「平等」はどうかかわってくるでしょうか。
 例えば、大戦後の世界を二分した東西冷戦、それを代表するアメリカとソ連の関係は、少なくとも「対等」だからこそ緊迫した関係だったと言えます。広大な国土、豊富な資源、高い技術力など対等に誇示していた両国の関係は、しかし長続きはしませんでしたし、周囲に与えた影響も悪い意味で大きなものでした。
 その一方で、資源の乏しい日本とアメリカの戦後の関係性、同じく戦後の、ロシアと経済力に劣る東欧諸国の関係性など、不平等でありながら長く続いている関係性の方がたくさん思いつきます。
 特に日本とアメリカの関係は、地理的、地形的に避けられない短所を抱える日本が、逆にその位置関係によって東アジアににらみを利かせたいアメリカにとって、味方にしておきたい存在として大事にされている、と言えます。
 夫婦の在り方と国際関係、この二つを見ると、どちらも「平等」「対等」な方がうまくいかないのではないか、と思えてきます。一見すると直感に反する考え方ですが、実は落ち着いて考えてみると、道理にかなうのではないかと思います。
 お互いに「平等」、または「対等」な関係と言うのは、「共存」するのがとても難しい関係だと思います。何もしないで「平等」を保っているのであれば、そこには相互の関わり合いは生まれませんし、反対に頑張って保たなければいけない関係なら、自分が無理をしないといけなかったり、反対に相手に無理をさせたりすることになって争いが生まれてしまいます。しかし、「共存」というのは「ただ一緒にかかわりあいながらバランスを保って存在する」状態を指すと言えます。つまり、そもそも「平等」・「対等」と「共存」というのは、本質的に相反する概念なのではないかと思うのです。
 相手の長所や短所、そして自分の長所や短所。それらの違いを認めて、受け入れることが「共存」の秘訣ですが、それはそのまま「不平等」を認めることにもなります。一方で、他の誰かに憧れをもち、そこを目指して「不平等」を克服しようと努力することは、人間らしい「向上心」だとも言えます。
 根本的に矛盾する「平等」と「共存」は、しかしどちらも我々にとってなくてはならない関係性でもあります。この矛盾を乗り越えようとしたとき、例えば「平等」に替わる新たな関係性として「公平」を提起するなど、今の我々はパラダイムシフトを迫られているのかもしれません。



佳作 「地域社会の中で伝統文化の保存・継承と現在文化の発展を」 稲沢高等学校3年 田牧 朋花

 令和元年に天皇陛下の即位礼が行われ、古代から受け継がれている伝統的な日本の儀式が、マスメディアを通じて世界中に伝えられた。また、東京オリンピックの開催が予定されていることなどを含めて今、日本の伝統文化が世界中から注目される絶好のタイミングである。そんな中、日本の伝統文化は衰退の一途をたどっている実態がある。新型コロナウィルス感染症の拡大に伴いさまざまな行事やイベントが中止となり、伝統文化の衰退がより一層加速するのではないかと危惧されている。
 第二次世界大戦後、昭和の時代からの高度経済成長により、大量生産、大量消費の経済構造ができ、工場で安くて便利な製品がたくさん生産されるようになった。また、それにより生活様式が洋風化し、伝統的な文化に目が向けられなくなった。「なぜ伝統を受け継ぎ、文化を大切にしなければならないのか」「文化を残す理由はあるのか」といった声があるのも事実だ。そもそも「伝統」とは何だろうか。辞書で引いてみると「ある民族・社会・集団の中で、思想・風俗・習慣・様式・技術・しきたりなど、規範的なものとして古くから受け継がれてきた事柄。また、それらを受け伝えること」と書いてあった。伝統文化は、日本の地域ごとの気候や風土により、長い年月を経て、日々の生活の中で知識や経験から生まれ受け継がれた文化や技術であり、歴史的価値がある。そして、伝統文化や技術を受け継いでいくことで、そこからまた新たな文化を生み出す力にもなる。また、地域のコミュニティに必要な文化でもあったりする。これらのことから伝統文化の継承と保存の必要性を強く感じている。現代のライフスタイルや新しい文化と共に、伝統文化の保存と継承をし、ともに地域社会で共存してはいけないだろうか。
 私は、学校農業クラブ活動のプロジェクト活動で、地域の伝統である「稲わら細工技術の保存と継承」についての研究活動に取り組んでいる。この活動は、地元稲沢市の国府宮神社で行われる「はだか祭り」の「大鏡餅奉納」の際に必要な稲わら細工「米俵神輿」の伝統技術が、職人の高齢化と後継者不足により途絶えそうになったことがきっかけで発足した。そこで最後となった稲わら細工から技術を学び、このプロジェクトチームが引き継いで制作し、奉納している。この活動を通じて、伝統文化の素晴らしさを学んだ反面、継承し続けることの難しさを知った。そしてある時、プロジェクト活動の途中で、指導していただいている稲わら細工職人の方が倒れられてしまった。「いつまでも教えていただけるとは限らない。教えていただいた技術を私たちが残していかないと、伝統文化が途絶えてしまう」という恐怖とプレッシャーに直面したことで、一度途絶えてしまうと復活させるのはとても難しいと言われていることの意味を身を持って知ることになった。この経験から私は、伝統文化を守るにはどうしたらよいのか、プロジェクト活動をしながらずっと考えるようになった。
 なぜ伝統文化は、衰退してしまうのか。理由としては「材料が手に入りにくい・すべて手作業で時間がかかる・やり方が職人の感覚的なところが多く資料に残しづらい・職人の高齢化・産業としての成立が難しい・後継者不足」などがあげられる。そして、技術が職人による「暗黙知」や「実際に物を作りながら人から人へ受け継がれてきており、文字や資料として記録に残しづらく、一度継承が途絶えてしまうと復活させるのがとても難しいということも、私自身が経験してみて分かったことの一つである。実際、このプロジェクト活動で継承している「稲わら細工」は、やはり全国的にも衰退の道を歩んでいる。
 稲わら細工は、衣類や農具など、古代から私たち日本人の生活に関わりがあるものだった。しかし、近代化が進み、便利になる中でライフスタイルが変化し、生活に絶対必要なものではなくなってしまった。稲わら細工という技術がなくなるということは、伝統文化が消えるということで、それに関係する歴史も途絶えてしまうことになる。技術や歴史は、次のものを生み出していく源にもなるため、途絶えさせてはいけない。稲わら細工は普段の生活では使われなくなったが、「国府宮神社のはだか祭り」の大鏡餅奉納の際には米俵神輿が必要不可欠であり、また地域にとっても必用不可欠な伝統文化であるため途絶えさせないように守っていかなければならない。
 では、伝統文化を守り、継承していくにはどうしたら良いだろうか。まず何よりも、伝統文化を「知ってもらうこと」が必要だと思う。一人でも二人でも伝統文化について知ってもらうだけで職人の存在意義が明確となり、そのことが伝統文化を衰退から一歩遠ざけることに繋がる。興味を持つ人を増やし、さらに深く知ることで後継者が現れる可能性にもつながる。どんな小さな情報でも知ってもらうだけで、伝統文化の保存と継承にとっては何より大きな一歩になる。そして、今はSNSを利用して誰でも簡単に世界とつながる時代なので、パソコンやスマートフォンなどの情報端末を使用して発信すれば、伝統文化の存在を知っている人の範囲を広げることが出来る。日本の伝統文化を日本だけでなく世界中の人に知ってもらうこともできる。今こそ私たち若者がその情報を発信し、少しでも多くの若い人達が伝統文化に触れる機会を増やす時なのだ。
 私は高校卒業後大学に進学する。より多くの人々に伝統文化を知ってもらうために、映像・アニメーションなどのコンテンツの知識や技術を学んでいく。また、情報の仕組み、発信方法、効果的な伝達法などを知り、伝統文化の抱える問題やその解決方法、伝統文化を地域の産業や観光・町おこしに結びつける方法を模索していくつもりだ。
 情報発信を続けていくことにより、地域社会の中で伝統文化の保存・継承がなされ、多様な文化が共存して新しいものが創出されていく。「伝統文化」と「現在文化」が共存することで、これからの「文化」はより一層発展していくことができると信じている。



◆審査委員会講評

 三稜会懸賞論文は、昨年、愛知県立津島高等学校の創立一二〇周年の年に創設十周年の記念すべき節目を迎えることができました。この十周年を記念しまして、今までの受賞作品を集めた記念誌も発行することができました。これもひとえに十年の長きにわたりこの制度に協賛していただいた地域企業の皆様方の御理解と御協力の賜物だと心より感謝しております。また、参加していただいた多くの学校の生徒の皆さん、御指導していただいた先生方、お忙しい中本当にありがとうございました。多くの皆様にこの記念誌を再読していただき、今までの受賞作品のレベルの高さと、この懸賞論文の存在価値をあらためて感じていただければと思います。
 さて、今回は昨年を上回る十一の高校から五八七の作品の応募がありました。審査につきましては昨年度と同様、今年度も新型コロナウイルス感染拡大の影響で緊急事態宣言もあり、感染拡大防止の観点から審査委員の安全にも配慮し、最終選考では審査委員が一堂に会しての審査会を実施せず、それぞれの審査委員の評価を集約し、その結果を基に審査委員長が決定していくことになりました。審査の基準につきましては、基本的にはそれぞれの審査員が心を動かされたものを第一に選考していただきましたが、最終的には高校生らしい視点や独自の発想・思考を経て積極的に自分の意見を述べているかなど、「論文」にふさわしい論理の展開や構成の完成度も見ながら選考していきました。選考の結果、最優秀一点、優秀二点、佳作五点を表彰することになりました。
 今回のテーマである「共存」は、「新型コロナウイルスとの共存」という見出しが躍る昨今の状況を考えますと、ひょっとして内容がやや偏るのではないかと心配しておりました。しかし、実際の応募作品を読ませていただくとその内容は多岐にわたり、現代の高校生の興味・関心の広さを改めて感じるとともに、私自身の高校生の考え方や可能性に対する一方的な決めつけがあったのではないかと反省させられました。それほど今回の応募作品には優れた作品が数多く見受けられました。
 今回最優秀賞に選ばれました 横井 美愛 さんの作品は、「個性の共存」というテーマで、人と人との共存の上で多様性を認めることが大切であると主張しています。その論理の展開では、セクシャルマイノリティを理解できない人を悪ととらえ排除する人がいることに対して「理解できないから相手を傷つけるのはよくないが、理解できないことが悪にはならない」と冷静な分析をしています。さらに「セクシャルマイノリティとの共存は、理解することではなくどちらも同じ権利を持てるようにすること」という一つ上の段階で物を見る独自の考えを示しています。また「普通は多数派、批判されることがないのでそれを求める」という人々の心理を言い当てているところにも鋭さを感じました。そして「共存しているために自分らしさを見失いかけている」と単純に「共存=良いこと」とせず、「人それぞれが異なる個性を持っているのが普通であり、周りの普通に合わせたりするのではなく、自分の普通を貫き通せる社会にすることだ」と具体的な自分の考えを示しています。そこには読んでいる人の批判を恐れず、自分の考えを冷静に貫いているところに高校生らしい若者の良さがこの作品にはあると感じます。
 優秀賞に選ばれた 矢尾 ともか さんの作品は、「イメージのバリア」という題名で、非常に分かりやすい言葉の選択と文章の展開が読む人の共感を得やすい文章だと感じました。冒頭で「すべての人が思いやりの心でお互いを認め合おうと行動することが自分の考える共存である」とはっきりと結論を先に述べ、「共存する上で最も大切なことは、人との関わりである」と奇をてらった言葉ではないが自分の言葉として素直に述べているところが印象的でした。そして「個人の先入観」や「相手の心を想像する努力を怠ることで生じる『イメージのバリア』」が「共存を遠ざける」ことを自分の家族との身近な経験を通して語っていく部分は、読んでいる人の中に自然に入ってくるような文章の流れを感じさせてくれました。また、「自分が高齢者や障害がある方への一方的な声掛けが正しいと思い込んでいたこと」や「その人の生きてきた道を認め、個性を尊重することの大切さ」への気づきは、大人が忘れかけていた素直な気持ちを呼び戻してくれるような、そんな高校生らしい考え方が評価された文章でした。
 今回、もう一つ優秀賞として 山田 芽生 さんの「時代の要請」というテーマの作品が選ばれました。この作品は「人同士の共存」のテーマが多い中、「伝統文化と新しい思想との共存」という他の人が思いつかないような題材を基に書かれた文章でした。我々の中では当たり前のように思われてきた「伝統文化を守ることは大切だという固定観念」が、いつの間にか「多様な思想を受け入れられない精神を作り出す」ということに気づいたところに独自の視点を感じることができました。そしてこの二つの考え方を共存させることによって「互いの違いを認め合う社会を実現する」ことにまでアプローチしようという文章の最初の意気込みは、他には考えが及ばない発想だと思いました。相撲の古い伝統の中で起こった事例を取り上げ、「新しい思想を受容しなければ、時代に即した発展はない」とまではっきりとものを言うところにも若者らしい物おじしない清々しさを感じました。その一方では伝統文化を否定するのではなく、「この広い世界はさまざまな価値観にあふれている」ことも認めており、その中でどうやって共存し、多様性を認め合う社会を実現していくかというバランスの取れた考え方を展開しているところが今回評価されたところであると考えます。
 その他佳作として五点の作品が選ばれましたが、自分の家族の話や自分の貴重な経験談を基に書かれた作品もあり、審査員によっては非常に感動したという評価がありました。またこの地域特有の伝統文化を題材にした文章もあり、そこには独自の視点を感じるとともに、地域のことを考えてくれている生徒がいることに頼もしさを感じました。
 今後、私たち審査員をますますうならすような新しい発想の作品が出てくることを期待してやみません。来年度もぜひみなさんチャレンジしてみてください。応募をお待ちしております。


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